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2012.08.12 (Sun)

本日締切は原発パブコメ!女子力が男子を引っ張っていくぐらいの気構えを!!

女性たちへ。内なる声に耳を澄ませる事が、「生き直し」を巡る物語の始まり。本日締切は原発パブコメ。

2012-08-12 12:37:41 | 福島第一原発

 

本日締切。急いで。エネルギーのパブリックコメントhttp://t.co/LtyhOPbv                               原発のいらないと明記を。「原発はできる限り早くゼロにする。」ということと、「完全廃炉」は明記しましょう。

原発依存は0%でいきましょう。

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 そろそろ参加者が三百人を超える、「放射能防御プロジェクト女子会http://www.facebook.com/kumi.uchida.5/posts/341481159271210#!/groups/190023214461507/は、 独身者と既婚でもお子さんのいない女子に限っていて、年代も十代後半から三十代までが、ボリュームゾーンとなっています。このため、ぼくがきのう書いた 「生き直し」というテーマそのものが、被曝との関係のみならず、いろんな形で、実は切実に関係してくる世代の女性たちのグループになっています。

 この女子会の中での投稿で、実は、「被曝を避ける事への罪悪感」に支配されて いる女性たちが多いことは、はっきりわかっています。特にお子さんがいないという中で、独身にせよ、既婚女子にせよ、「自分の身体を守りたい」というあた りまえの要求を言い出すこと自体が、心理的に妨げられている実態が、このグループの投稿を読んでいるとよくわかります。「子どもがいないのに放射能の事に 関して食べ物など神経質になる事は、自分さえ良ければ良いというワガママなことなんだろうか」とか「放射線について話が、根本的に合わないです。住みたい 場所も震災後、一致しません。これからの人生について、宙ぶらりんのまま時間が過ぎています。」、さらには、「周りでは、放射能を気にしている方がほとん どおらず、『隠れキリシタン』のように」、生きていることを自己紹介で告白する人もいらっしゃいます。

 このグループ内にいる、女医の小林さんが、女性たちに書き込まれたメッセージ を読むと、この「被曝を避ける事への罪悪感」に支配されている女性たちのみならず、特に、二十代や三十代で「生き直し」を巡る物語の真っ只中にいらっしゃ る女性たちに、有効な手がかりを提示しています。ご紹介しておきます。ポイントは、内なる声に耳を澄ませる、ということです。

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  福島県立医大勤務医師の多くは、被曝を避けるために家族を避難させ、医師の1割が同じ理由で退職しています。もちろん、関東地方から避難している医師も多くいます。被曝医療を学んだことのない日本の医師も、医学部時代に「被曝は極力避けるべきもの」と叩き込まれています。だから避難するのです。
 あなた方が被曝を避けたいと思うことは、至極正常な感覚で、世界共通の常識です。まず、ご自身が「被曝したくない」と感じることを、認めてあげてください。

 私は、「女子会」が出来た当初、参加される女子の皆さまを「被曝を避ける事への罪悪感」が支配していることに非常に驚きました。なんだか申し上げにくいのですが、私にはその罪悪感が全くないのです。
 もしも女子会の皆さまの中に、放射能を恐れることがマイノリティに属することになる事、を心配しておいでの方がもしもいらっしゃいましたら、全く心配に及びません。今は「放射能?気 にしないよ。大丈夫だよ。食べて応援でしょ。」などと言う人がマジョリティだとしても、そう言い続ける人達はいずれ必ずマイノリティになります(遠い先か もしれませんが)。多数派か少数派か、で自分の思想や立ち位置を決める人は、自分がマイノリティかもと悟った時にはマジョリティへ寝返ります。「放射能は 大丈夫」を確たる信念をもって、例え最後の一人になっても「大丈夫だ!」と言い続けられる人はいません、そういうものです。

 

  それから、避難・移住したくてもなかなか状況が許さない・・・という方。仕事や、親、彼、子どもさん、(放射能以外の)住環境などなど。それぞれの方にそれぞれのご事情があることと思います。
  ちょっと放射能の問題から離れますが、不思議なもので「転勤で・・・」「結婚するので・・・」「子どもの進学で・・・」「親が倒れたので・・・」という理 由で、引っ越したり移住したり、というのは周囲にも受け入れられ易いのに、なぜ「これ以上の被曝を避けるために」という理由だと変人扱いされなくてはなら ないのでしょうか。
 環境を変える時(引っ越しや退職)に、 自分以外の理由があるとなぜか受け入れられやすいですね、それは環境を変化させる要因がその人の中になければ罪(?)が軽くて済む、とでも周りの人は言い たいのでしょうか?自己都合は罪(??)とでも言うつもりなのでしょうか?これは、「自己犠牲は美徳」という昔ながらの思想かもしれませんし、ひょっとす ると、言い出す側も言われる側も双方が「自分達に決断の余地はない(仕方ない)問題であった」として終わりたいからかもしれません。つまりは自己責任でな く、物事の決定権が他にある、他力本願思考なのですね。 
 
 日本人は、今こそ「自分で自分の人生を決める」ことをしなければならないのかもしれません。きのうの木下さんのブログのテーマそのものだと思います。
①震災以前から「(自分自身を)生きている人」
②震災を契機に「(自分自身を)生き直した人」
③震災後に「生き方を思案中の人」
④震災後も未だ「漂っている人」。
 誰の目も気にならない、誰の声も聞こえない場所で、「本当のところ、私は生きている間に何がしたいのか。何が好きなのか。何が欲しいのか。誰と一緒にいたいのか。何が心地よいのか。」問いかけてみるのもよいかもしれません。
 
 私は被曝したくない。私は健康でいたい。私は空気がきれいなところに暮らしたい。私は放射能の心配をせずに食事をしたい。旅がしたい。綺麗な景色を見たい。仕事をしたい。資格をとりたい。それぞれに、他にもいろいろある事でしょう。
 
  日本人は、特に女性は、自分の心の叫び・本音に気づきにくく、無視しがちです。自分探し、とよく言いますが、相思相愛の関係において、自分が幸せでなけれ ば、周囲の人も幸せにはなれません。自己犠牲で献身的な女性は時に男性に重たいと言われたりすることがありますが、それは言いかえればつまり、「自己犠牲 の上の愛情でなくていい、君が幸せで、そして二人とも幸せがいい」ということですよね。それから、自己犠牲の母親を重たいと思ったり、自己犠牲の上で子に 愛情を注ぐ母親のそばで、子ども時代に苦しい思いをした方はおられませんか?お母さんが幸せだと、子どもも幸せなんだと思います。何が言いたかったかとい うと、女性はいろんな荷物を背負いがちですが、皆、幸せになる権利があるということです。安心して、心からやりたいと思う事をして、感動に心震わせ、楽し く幸せに生きる権利です。
 
 ですから、まずは最低限の権利「生きたい」=「被曝を極力避けたい」と思うことについて、感じてしまう罪悪感を許してあげて下さい。そして、「自分がやりたいように生きること」に罪悪感を感じてしまう心理を許してあげて下さい。
 
 「自分がどう生きたいのか」を確認できた時には、避難したいのにできない、と妨げになっていた理由が、実はひょっとすると、そんなに気にしなくていい問題である事も、場合によってはあるかもしれません。
 



http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927



木下黄太さんブログより一部転載↑


今の時代こそ、女子力が試されます。

女子力が男子を引っ張っていくぐらいの気構えを!!


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